
「ちゃんと、息してる……?」 夜中に何度も目を覚まし、そっと赤ちゃんの様子をうかがう。ぐっすり眠っていても、今度はその静けさが心配になる。育児の夜は、喜びと不安が隣り合わせだ。
育児の悩みのうち、睡眠は大きな割合を占める。ユニ・チャームで長年ベビー事業に携わってきたグローバル開発本部・要素開発部の菅文美さん(博士)は、おむつ開発のモニターテストや数万人規模のアンケートを通じて、夜泣きや寝かしつけに悩む親たちのリアルな声に耳を傾けてきた。浮かび上がったのは、わが子を愛するがゆえに身を削り、慢性的な寝不足に陥っている親たちの姿だった。
「おむつの性能、例えば漏れにくさや肌触りの良さを追求するだけでは、この課題は解決できない。赤ちゃんが一日の大半を過ごす、寝具そのものに目を向けるべきではないか」。菅さんはそう感じていたという。同じく要素開発部の前田夕貴さんも続ける。「どうか安心して眠ってほしい。赤ちゃんをやさしく守り、パパとママに“世界一安心できる睡眠環境”を届けたい。その想いが、この寝具開発の出発点でした」
前田さんがまず取り組んだのは、世界中の論文を読み込むこと。マットレスの硬さや寝姿勢、通気性などを徹底的に調べる中で、たどり着いたのが「熱」だった。

赤ちゃんは眠りに入る前、大人と同じように手足から熱を逃がして体温を下げる。しかし、その体温調節機能は未熟で、暑さは苦手だ。一方で、親はわが子が寒くないかと気にかけるあまり、厚着をさせたり、布団を何枚も重ねたり。実はそれが、窒息や熱こもりのリスクにつながることがある。
行き着いたのは、「足す」のではなく「引く」という発想だ。枕や掛け布団、羽毛布団……。ベビー寝具にはさまざまなアイテムがある。けれど、赤ちゃんの眠りを見つめ直したとき、本当に必要なものは意外と多くなかった。
開発した「ムーニースリーパーで眠る寝具5点セット」には、掛け布団と枕がない。保温はスリーパーに任せ、頭を支えるのはマットレスの特別なエンボス加工。ミリ単位で設計した凹凸は、赤ちゃんたちの協力を得ながら、頭が自然に収まる位置を探った。

マットレスの内部にも、熱を逃がすための工夫が詰まっている。寝返りが打てない赤ちゃんの背中にこもる熱を逃がすため、生地や素材の組み合わせを何パターンも試した。さらに、夏・冬・春秋それぞれの環境を再現した部屋で検証を重ね、約半年かけて最適な組み合わせを確かめた。肌に触れるスリーパーには、オーガニックコットン100%を採用。肌触りと通気性の両立を目指した。
こだわりは、スリーパーのボタンの位置にまで及ぶ。赤ちゃんが口に入れてしまわないよう、肩のボタンは背中側に。赤ちゃんが激しく動いても、鼻や口の回りに生地がずり上がることもない。 首まわりは苦しくないよう体に沿う形にし、脇のラインはぽっこりお腹にフィットするよう立体的に仕上げた。すべては赤ちゃんの安全と心地よさのため。おむつづくりで培った1ミリにこだわる姿勢が、寝具づくりにも生かされている。
完成した寝具は、夏・冬・春秋を通じて約200組の親子に実際に使ってもらった。結果は、8割以上の親が「普段使っている寝具よりよい」と答えた。しかし、それ以上にメンバーの印象に残ったのは、テスト品を回収する時の言葉だ。「これがなくなったら困ります」「返してから寝なくなってしまって……。もう一度送ってもらえませんか」。20年間おむつを開発してきた前田さんにとっても、こうした言葉をかけられたのは初めてだったという。

「私たちが届けたいのは、マットレスそのものではありません」。菅さんは言う。「よい睡眠環境を提供することで、『赤ちゃんが寝ないのは仕方ない』『小さな子どもがいる家庭は寝不足で当たり前』、そんな常識を変えていきたいと考えています」
赤ちゃんが安全に眠れ、夜中に何度も小さな胸の上下を確かめていた親が、ほんの少し肩の力を抜いてまぶたを閉じられる。そんな穏やかな夜が、一つでも増えたら――。
その先にきっと、健やかな朝が来る。

