
絹織物に携わる職人の手は、すべすべできれい――。着物づくりが盛んな新潟県十日町市では、昔からこう言われてきたという。呉服小売業から出発した「きものブレイン」はこの話をヒントに、希少な品種の蚕の繭からつくるスキンケアやボディケア製品の開発に乗り出した。新たなライフスタイルブランド「Itoguchi」として、美肌への「糸口」となる多彩な商品を展開している。
「みどりまゆBODY & HAIRモイストシャンプー」「みどりまゆシルキーHAIRミルク」「みどりまゆモイストクリーム(保湿クリーム)」……。Itoguchiは2022年のブランド立ち上げ以降、髪や肌にうるおいをもたらすシャンプーやトリートメント、肌にやさしいクリーム、スキンケア製品など数々の商品を送り出してきた。すべての製品に活かされているのが、希少な「みどりまゆ」から抽出した成分だ。
みどりまゆは、長年の研究によって野生の蚕の特徴をそのまま生かした繭。一般的な白い繭とは異なり、蚕が食べる桑の葉などの緑色が現れ、薄く色づいている。白い繭と比べると、肌にやさしくうるおいを与える「セリシン」という成分が豊富で、肌にうるおいをとどめたり、紫外線から体を守ったりする成分も多く含まれている。こうした高い保湿力や抗酸化力がItoguchiの製品にも反映されているという。

呉服小売から創業したきものブレインがコスメに進出した背景には、「養蚕を絶やすまい」とする創業者・岡元松男社長の情熱と、いくつかの偶然の出会いがあった。
1978年の会社設立から2年後、洋装が進む社会で「きもの離れ」に危機感を抱いた岡元社長は、「きものアフターケア」と銘打って着物クリーニングなどの事業に着手。十日町の過疎化も進むなか、伝統産業のきもの文化を守ろうと様々なアイデアを膨らませていった。その一つが、蚕を育てる段階からシルクを自前でつくるという構想だった。
2015年、自社工場で蚕を育て始める。蚕の弱点である気温の変化や病気への弱さを克服しようと、室温度を一定に保つことのできる無菌室を備えた。そのころ、ある養蚕研究者からこんな情報が寄せられた。「育成が難しく、眠っている品種がありますよ」。それがのちに「みどりまゆ」と名づける品種だった。
ところが、「みどりまゆ」の糸は節が多く、ボソボソした風合いで生地には向かなかった。17年、東京農業大学教授だった長島孝行さんに分析してもらうと、意外な反応があった。「セリシンが豊富で、化粧品にもできますね」。絹織物工場の職人は手がきれい、という言い伝えが社長らの頭に浮かび、コスメ分野への挑戦がスタート。18年、シルクの成分を活用した第1号商品のせっけんが発売された。
みどりまゆシリーズの成長に大きな役割を果たしたのは、女性社員たち。
彼女たちは肌に悩みを抱える人たちや消費者のニーズを思い描く。子育て中の母親が子どもと一緒に使っても安心なものを念頭に開発し、容器や箱は緑のナチュラルカラーをベースに。製品そのものも進化させた。

「みどりまゆBODY & HAIRモイストシャンプー」は、洗い流すことでセリシンが流れ落ちてしまわないように、キトサン誘導体を配合。髪や肌の表面のタンパク質とセリシンを結びつけ、潤いを残す効果を高めた。
企画商品部の澤口塔子さんは「みどりまゆに触れ、製品をお試しいただければ、シルクの力、うるおい感をすぐに感じていただけると思います」と話す。
ブランド名「Itoguchi」には、絹糸を紡ぐとき最初に繭から糸の先端(=糸口)を引き出すことにちなみ、美肌への糸口という意味を込めた。伝統を守ること、新しい価値を生み出すこと。こうした作り手たちの情熱を糸口に、みどりまゆの可能性は広がり続ける。